「日面経過」の用語について 金星が太陽の前面を通過するこの現象には,金星の「日面経過」, 「日面通過」,「太陽面通過」などの用語が使用されています. 混乱を避けるために,公開天文台ネットワーク(PAONET)では,一般 の方に分かりやすいという理由で「太陽面通過」を使用するように提 案しています.私は用語を統一することには反対しませんし,どの用 語が使用されても構わないという立場ですが,理科年表等では「日面 経過」が使用されていますので,ここではこの「日面経過」という用 語について少し触れておきたいと思います.  国立天文台暦計算室によりますと,「日面経過」という言葉が本暦 (当時の東京天文台が編集し神宮司庁が頒布していた暦書)に記載さ れたのは1924年(大正13年)5月8日の水星日面経過からで,理科年 表(暦部)では理科年表が創刊された1925年(大正14年)版以後最初 の水星日面経過が起こった1927年版(昭和2年版だが,昭和に改元さ れる前に発行されたため大正16年版になっている)に「水星ガ太陽ノ 面ヲ横切ル現象即チ水星ノ日面経過ガアル」と説明し,以後,この現 象は「日面経過」で統一されています.言葉を変えると別の現象との 誤解を与える恐れがあるということで,国立天文台暦計算室では今後 も「日面経過」を使用する意向だということです.「経過」という用 語は一般には「時の経過」のように使われるのが普通だと思われてい るようですが,実は天文学では「掩蔽」に対する用語として「経過」 が存在するのです.つまり,「掩蔽」とは一般に小さな天体の前面を より大きな天体が通過して小さな天体が隠される現象なのに対して, 大きな天体の前面を小さな天体が通過する現象を「経過」というので す.このことは大きな辞書にも説明されています.たとえば広辞苑で 調べると「経過=太陽面を内惑星・彗星などの天体が通り過ぎる現象。 また、惑星面をその衛星が通過すること。」とあります.いうまでも ないことと思いますが「通過」にはこのような特別な意味は載ってい ません.理科年表では1950年(昭和25年)版から1970年(昭和45年) 版までの21年間,「木星の4大衛星の諸現象」というページがありま したが,そこでも衛星が木星面を横切る現象を「経過」と言っていま した.天文年鑑や天文観測年表では現在でも木星の衛星現象で「経過」 が使われています.また,前回の1874年(明治7年)の金星日面経過 を伝える当時の新聞記事でも「金星経過」なる語が使われていたこと は,東京日日新聞・横浜毎日新聞・郵便報知新聞などの記事で確認で きます(その一部は「星ナビ」2004年6月号p.79の雨宮正実氏の投稿 記事でも確認できます).もっとも,当時は「金星過日」なる語も使 われていました.  以上は「天文ガイド」誌から,天文年鑑で使用している「日面経過」 を使っていきたいのだがご意見は,と尋ねられて書いたことに,さら に付け加えてまとめたものです.以上の説明ですと,私は「日面経過」 を使用するように主張しているように思われるかも知れませんが, 「日面通過」でも「太陽面通過」でも誤解の恐れはありませんので, 最初にも書きましたように,私はどれを使用すべきだということには こだわっていません.                           相馬 充