解説 小惑星(55)Pandora によるポルックスの掩蔽 最終更新:2002.3.30 せんだい宇宙館 早水 勉 国立天文台 相馬 充 2002年4月7日の夕方、小惑星パンドラ(55 Pandora)による ふたご座の1等星ポ ルックス(Pollux)の食が北海道で見られます。わずか 13.2等級の小惑星が、最長 4.8秒の間、1.2等級の恒星を隠すという、史上初めてのビッグイベントとなります。 小惑星は、火星と木星の軌道の間に数多く存在している天体です。1801年に最初の 小惑星ケレスが発見されて以来、現在では、軌道が確定して番号が付けられたものだ けでも3万個を越えています。これらの天体は、最大のものでも視直径が1秒角にも 満たず、一見恒星のように見えることからアステロイド(Asteroid)とも呼ばれていま す。 このような微小天体も実質的には大きさをもっており、視直径も恒星のそれよりは はるかに大きいため、運動の過程で稀に背景にある恒星を覆い隠すことがあります。 この現象が「小惑星による恒星食(Asteroidal occultation)」です。今回の現象は、 隠される恒星が小惑星パンドラよりも63000倍も明るい一等星ですから、現象が起こ ると突然ポルックスが消失したように観察されます。 1.小惑星による掩蔽の観測の意義 小惑星による恒星食の観測は、小惑星による影を観測することに他なりません。多 くの観測が集まると、観測された場所と減光の時刻から、小惑星の大きさや形状まで も浮かび上がってくることとなります。さらに可能性として、眼視的には見つけられ ない重星の発見や、小惑星の衛星に関する情報を得られることも期待できます。 他の星食観測と同様、観測されるデータが多いほど成果を高めることが出来ます。 現象によって差がありますが、予報の掩蔽帯は実際の経路とずれることも多いため、 予報の掩蔽帯を中心に幅広く観測の態勢を敷くことが重要となります。仮に食を認め られない観測結果(通過)となったとしても、観測の価値を有しますので、必ず報告 されますようお願いいたします。 2.観測の歴史 小惑星による恒星食は、歴史的には1958年に(3)Juno による SAO112328(8.2等)の 食がスエーデンで観測されたことが最初です。予報者は、英国グリニジ天文台の G.E.Taylor でした。その後も4大小惑星を中心に予報と観測がなされましたが、 1977年までの観測の成功は、わずかに、5例でした。1978年以降は、G.E.Taylor ,相馬充,D.Dumham らの努力により地球規模の予報が発表され、1978年5件,1979年 5件,1980年3件,1981年6件と着実に観測の成果を得られるようになりました。 1980年頃からは、E.Goffin による初期予報が発表されるようになり現在に至ってい ます。 日本においても1970年代終盤から盛んにこの現象の観測を試みられるようになりま したが、確実な現象の確認までにはなかなか至らず、1983年井田三良の(106)Dione による SAO80228(9.1等)の現象の確認まで待たねばなりませんでした。現在では多く の観測者と予報者の努力により、日本における観測の成果も毎年着実に報告されてい ます。(表 1 ) 食される恒星は明るいほど劇的で、観測の成果も得られやすいものとなります。こ れまで観測されたもっとも明るい恒星の現象は、(381)Myrrha による ふたご座γ星 (1.9等)です。(表 2)に、6.0等星より明るい恒星での実際に観測された現象を一 覧します。表に示すよう、世界的にもわずか7例しかなく、一等星が食されるという ことはかつて観測されておりません。今回の現象が如何に注目されるべきものである かが分かりましょう。 3.今回の現象について 来るべき(55)Pandora によるポルックスの食の IOTA(The International Occultation Timing Association ) S.Preston による現時点(2002.3.29更新)の予報 を以下に示します。また、日本付近の掩蔽帯の経緯度データを(表 3)に示しま す。掩蔽帯の経路図など詳細なるデータは、せんだい宇宙館のホームページ http://www2.synapse.ne.jp/uchukan/ に掲載されています。 最新の予報では、掩蔽帯は札幌市と旭川市に挟まれた北海道の中央部を通過してい ます。掩蔽帯の幅は 69kmで現状での誤差(標準偏差σ)は掩蔽帯の幅の+/-37%です。 予報は今後の観測成果により、直前まで改良される可能性がありますので同ホーム ページに注意してください。 現象の予報時刻は、日没(18h08m/札幌)直後の 18h41mJST 頃で、薄明の真最中に起 こります。(55)Pandora の影は、およそ秒速14km ものスピードで石狩湾付近から十 勝地方に向かって駆け抜けます。 今回の現象の特徴として、対象星(ポルックス)が比較的近距離であるために、視 直径(0.00912")の大きな恒星であることがあげられます。もちろん、これでも望遠鏡 で直接観察することの出来ない極めて小さな数値ですが、今回の現象をさらに興味深 くするには十分な大きさです。現象の概略としては前述の通りですが、さらに詳しく 見ていきますと、「ポルックスの部分食」となるかなり広い領域が見込まれるので す。具体的には、皆既食帯の幅はおよそ52kmで、その両側に約17km幅の部分食帯が存 在します。このため、完全な消失を見ない観測者もありましょうし、皆既帯の中央で も減光と増光に1秒以上の時間を要するでしょう。増減光の過程が詳細に観測されれ ば、(55)Pandora に関する情報だけでなく、ポルックスについての情報さえも明らか になるかもしれません。 ■ 2002.04.07 18h41m JST 恒星 :HIP 37826 ポルックス(β Gem) 1.2等 赤経 07h 45m 18.8357s 赤緯 +28°01' 34.233"(J2000) 現象時 高度 74°方位199 °(方位は 真北から東回りの角度) 視直径 0.00912" 小惑星:(55)Pandora パンドラ 13.2等 推定直径 66km 視直径 0.035" 減光 :約 12.0等 継続時間は最長 4.8秒 掩蔽帯:幅 69km 誤差(1σ)+/-37% 予報更新日:2002.3.29 ※ 薄明中の観測についての注意 一等星ポルックスの食とはいえ、日没後わずか33分に起る現象で、まだ青空の残 る薄明中の観測となります。このため、ポルックスを探し出すには意外と手間取る 恐れがあります。一発勝負の現象ですから、その時になって慌てることのないよう 日没前から入念な準備を行って下さい。できれば、当日までに薄明中でのリハーサ ルを実施しましょう。 いち早くポルックスを見出すには、まず、同じふたご座にある木星を探すことを お勧めします。木星を基準にしたポルックスの位置を示します。 木 星 ポルックス 木星を基準とした ポルックスの位置 視赤経 06h 33m 42.1s 07h 45m 26.2s + 01h 11m 44.1s 視赤緯 +23°23' 44" +28°01' 21" + 04°37' 37" 高度 +62° +74° +12° 方位 232° 199° -33° 離角 −− −− 16°47' 19" * 高度と方位は、札幌における現象時(4月7日18h41m)のもの * 方位は 真北から東回りの角度 4.観測の方法 小惑星による恒星食は、これまで、眼視、ビデオ、光電管、冷却CCD などの方法で 成果を上げてきました。もちろん、眼視での観測も貴重な成果となりますが、今回の 現象は明るい一等星ですから、家庭用のビデオカメラでも望遠鏡を覗きこませて映す (コリメート法)ことが可能です。是非多くの方が、ビデオによる観測にチャレンジ していただけるよう望んでおります。ビデオによる観測であれば、個人差もなく1/30 秒の精度で現象を解析することも可能となります。観測の際には、手ぶれ防止の機能 は、映像信号の遅れを招く恐れがあるのでオフにしてください。また、高機能のカメ ラの中には、スローシャッター(蓄積)機能のあるものもありますが、時間分解能を 落とさないために、この機能も極力使用しないで下さい。 一等星なら、カメラでも高感度フィルムを装填して観測できそうに思えますが、薄 明中の現象ですし、継続時間もわずか5秒に足りませんのでお勧めできません。 観測の際には、「正確な時報」と「正確な経緯度」も必要となります。「正確な時 報」としては、海外の短波時報、GPS時計などが最もお勧めできますが、固定電話に よる117時報も0.03秒程度の信頼性があります。携帯電話の時報、電波時計、は遅れ が大きいので避けてください。ビデオに内臓のタイムカウンターを使用する場合、現 象の前後に短波時報や117時報を同時に録音しておけば、後の解析の際に時刻の校正 データとして役立てることが出来ます。 正確な時報を上記の手段で得られない場合には、今回の現象に限り、NHKラジオ 第1 放送(他局では不可)を観測の映像と同時に録音して頂くことでも対応いたし ます。集約側でラジオ放送と正確な時報を一致させたデータを用意しますので、映像 を解析することにより正確な現象時刻を割り出します。たいへん手軽な保時手段です ので、一般の方々にも推奨いただける方法です。 NHKラジオ第1 放送の受信周波数は以下の通りです。集約側では札幌局の周波 数で解析しますので受信可能な方は、札幌局の567kHzを優先して受信してくださ い。 NHKラジオ第1放送の受信周波数   札幌局 567kHz   帯広局 603kKHz  旭川局 621kHz 時報音声と現象のコマの比較のためには、業務用の視聴覚設備が必要となります。 この場合ビデオテープをせんだい宇宙館までお送り頂ければ、ビデオを解析して正確 な現象の時刻を測定いたします。お届け頂きましたビデオテープは、原則として測定 終了後に返送致しますが、予め返送の必要の有無について、ご指示頂ければ幸いで す。なお、ビデオテープはダビングされたものでも構いません。 眼視による観測の場合は、ストップウオッチやテープレコーダにより現象時刻を保 時すると良いでしょう。 「正確な経緯度」は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図などから、求めて頂く のが最も勧められます。GPSによる測地の場合は、["](秒)の桁まで求めてくださ い。必要な精度は、100m以内です。また、地形図,GPSいずれの場合でも、測地系 (日本測地系,世界測地系,WGS-84系 等)を明記ください。 5.観測結果の報告 観測に成功されましたら、是非、国立天文台相馬充 または、せんだい宇宙館早水 勉までご報告をお願いいたします。観測されましたデータは、IOTA,国立天文台,海 上保安庁水路部,東亜天文学会 他、広く公開され星食の研究に役立てら れます。 必要なデータは、 1.観測者氏名 2.観測地および観測地の経緯度と標高,測地系 3.観測開始と観測終了の時刻 4.減光が観測されたか? 減光が観測されなくとも重要なデータです。 5.減光がおきた場合の時刻:減光開始の時刻および減光終了の時刻 6.観測機材 7.時刻保持の方法 です。 観測の報告先 ◇ 国立天文台 位置天文天体力学研究系 相馬 充 〒181-8588 東京都三鷹市大沢2-21-1 TEL 0422(34)3788 FAX 0422(32)1924 e-mail: sm@shigokan.mtk.nao.ac.jp ◇せんだい宇宙館  早水 勉 〒895-0005 鹿児島県川内市永利町2133番地6   TEL 0996(31)4477 FAX 0996(29)2112   e-mail:uchukan@bronze.ocn.ne.jp 食のビデオの送付先   ◇ せんだい宇宙館  早水 勉 (同上) 6.同夜の小惑星ドリス(48 Doris)による恒星食の予報 ポルックスの食のわずか3時間後、21h28m頃に、小惑星ドリス(48 Doris)による 食も予報されています。恒星は、TYC1317-00998-1(mag11.1)で暗いことを除けば小 惑星の推定直径(219km)も大きくたいへん条件の良い現象です。改良予報の掩蔽帯 の南限が稚内の付近です。このため、予報の掩蔽帯は、(55)Pandora との重複はあ りません。(もちろん、観測の価値がないわけではありません。) Steve Preston氏(IOTA)による改良予報(Update 2002.3.21)より ■ 2002.04.07 21h27m JST 恒星 :TYC 1317-00998-1 赤経 06h 05m 14.173s,赤緯 +17° 24' 22.87"(J2000) 11.0等 オリオン座ν星の北 約2°42' オリオン座χ2星の南 約2°45' 小惑星:(48)Doris 12.6等 減光 :約 1.8等 継続時間は最長 8.8秒 掩蔽帯:北海道北部 天文学は一般の方々の参加が求められる数少ない学問のひとつです。なかでも、星 食観測は多くの観測が得られるほど歓迎されます。この種の現象を通じて、プロ,ア マチュアを問わず天文仲間のフレンドシップの広がることを期待しております。 (表 1) 日本における最近3年の観測成果 年月日 小惑星 恒星 (等級) 観測者(敬称略) 1999/01/17 ( 510)Mabella AC2000 0103237 ( 9.9) 小島卓雄 01/18 ( 820)Adriana HIP 061658 ( 5.7) 小島卓雄,相川礼仁,内山茂男 , 03/04 ( 748)Simeisa HIP 056647 ( 4.5) 菅野文彦,吉田麻子 09/27 ( 2)Pallas TYC5389-01002-1(10.2) 小島卓雄 2000/02/04 (1114)Lorraine GSC0716-00163 (10.2) 大槻 功 03/25 ( 201)Penelope HIP 47706 ( 7.2) 宿谷 譲,片山栄作,寺久保一 巳,馬場俊吾,林 悟,田中隆雄,浦辺 守 07/02 ( 914)Palisana TYC2223-01379-1( 9.9) 林 忠史 08/21 ( 143)Adria HIP 88299 ( 9.6) 前野 拓,福田幸司,下代博之 12/23 ( 63)Ausonia TYC2372-00494-1(10.5) 吉見政義,藪 保男,宮坂正大 2001/06/27 ( 377)Campania PPM 156904 ( 8.5) 広瀬洋治 07/23 ( 167)Urda HIP 96440 ( 6.2) 柏倉 満,佐藤 信,宮本 篤 08/23 ( 26)Proserpina TYC6370-00575-1(10.0) 浦辺 守 11/23 ( 426)Hippo TYC2844-01875-1(11.2) 佐藤敏朗 12/16 ( 334)Chicago TYC0665-01037-1(10.7) 田名瀬良一,橋本秋恵,井田三 良,内山茂男 12/28 ( 712)Boliviana TYC0716-00821-1(10.3) 大槻 功,内山茂男,浜野和弘 巳 (表 2) 6.0等より明るい恒星の小惑星による食 観測実績 年月日 小惑星 恒星 (等級) 観測者(敬称略) 1975/01/24 ( 433)Eros κ Gem (3.7) O'Leary, Dragon, Backus (米国) 1977/03/05 ( 6)Hebe γ Cet (3.6) Mallen, Cardenas, Costero (メキシ コ,米国) 1983/05/29 ( 2)Pallas 1 Vul (4.8) Dunham, Maley, Povenmire (米国) 1983/09/11 ( 51)Nemausa 14 Psc (5.9) Dunham, Melvin (米国) 1991/01/13 ( 381)Myrrha γ Gem (1.9) 佐藤幹哉,橋本秋恵 他 1999/01/18 ( 820)Adriana FW Vir (5.7) 小島卓雄,相川礼仁,内山茂男, 1999/03/04 ( 748)Simeisa υ Leo (4.5) 菅野文彦,吉田麻子 (表 3)2002.4.7 (55)パンドラによるポルックスの食 掩蔽帯データ (by IOTA Steve Preston. 2002.3.29 update) Occultation of Pollux (HIP 37826) by 55 Pandora on 2002 Apr 07 Centre Altitude Path Limits E. Longitude Latitude U.T. star sun Limit 1 Limit 2 o ' " o ' " h m s o o o ' " o ' " Latitude Latitude 134 0 0 46 32 40 9 40 42 71 -1 46 11 46 46 53 37 135 0 0 46 10 32 9 40 48 72 -2 45 49 31 46 31 35 136 0 0 45 47 45 9 40 55 72 -2 45 26 37 46 8 54 137 0 0 45 24 18 9 41 1 72 -3 45 3 4 45 45 34 138 0 0 45 0 11 9 41 8 73 -4 44 38 51 45 21 34 139 0 0 44 35 24 9 41 15 73 -5 44 13 57 44 56 53 140 0 0 44 9 56 9 41 22 73 -6 43 48 22 44 31 32 141 0 0 43 43 46 9 41 29 74 -7 43 22 6 44 5 29 142 0 0 43 16 55 9 41 36 74 -7 42 55 8 43 38 45 143 0 0 42 49 21 9 41 43 74 -8 42 27 27 43 11 18 144 0 0 42 21 5 9 41 50 74 -9 41 59 4 42 43 8 145 0 0 41 52 5 9 41 57 74 -10 41 29 58 42 14 16 146 0 0 41 22 23 9 42 5 74 -11 41 0 8 41 44 40 147 0 0 40 51 56 9 42 12 74 -12 40 29 35 41 14 21 148 0 0 40 20 46 9 42 20 74 -13 39 58 17 40 43 17 (参考文献) 続日本アマチュア天文史 恒星社厚生閣 天文年鑑 2001年 2002年 広瀬敏夫 IOTAホームページ (http://www.lunar-occultations.com/iota/iotandx.htm) せんだい宇宙館ホームページ (http://www2.synapse.ne.jp/uchukan/)